Living my life

カナダ生活、日々思うこと、様々です。将来どころか明日も見えていない。これだから人生は楽しい。

犬と人間の心理戦

 

 

 

 

 

 

 

 

相変わらず犬中心の生活を送っている。

まさかこんなに犬に関わる一年になるとは去年の今頃は思っていなかった。

 

カナダ、アメリカに来てからというもの確実に500匹以上の犬たちに関わってきた。将来ペットショップでもやるのかな僕は。

 

 

ここに住んでいる犬たちもだいぶ僕に慣れてきてくれているようでほとんどの犬は触ったり一緒に遊んだりすることができるようになってきた。ここにいる犬たちは何らかの理由があってきている子達が多いためいろいろな過去を持っており、普通の犬よりも人間に怯えている犬が多いというか仲良くなるまで時間がかかる。未だに15匹くらいの犬達は触ることができない。

 

 

普段はとてつもなく大きい倉庫のような建物の中にそれぞれゲージがありそこの中で生活しているのだが、朝と夜ご飯をあげるタイミングでその子達を一度外の庭に出し、ゲージの中をモップで掃除し飲み水も変えているという作業を毎日しているわけだが、未だに触れない犬達も掃除の前には外に連れて行かなければいけない。

外の大きなゲージにそれぞれの犬達を入れていくのだがどうしてもリッシュを繋いで犬を連れて行かないとどこかに逃げ出してしまう。

 

 

家の敷地が広いため敷地の外まで行ってしまう危険はないが全ての犬が仲良いわけではなくほとんどの犬は他の犬との接触を極力避けるようにしているため散歩用の紐をつながないと走り出して他の犬を襲ってしまったりする危険がある。

 

 

そんな理由で未だにろくに触れないような犬たちにもリッシュをつけようと試みるのだがとても嫌がる。撫でることもできないのに首をにリッシュを繋がなければいけないというのは結構難しい。ほとんどの犬が逃げ回ったり吠えて威嚇してきたりしてしまう。

 

 

そこで仕方なく僕がしているのは犬を信用してリッシュなしで庭のゲージに連れて行こうと試みるということだ。目的地のにはのゲージの入り口とかにクッキーを置いたりしてどうにか触れなくてもにはのゲージに入れようと試みている。

 

 

ちゃんと犬にゲージの位置を見せてあそこに行くんだぞと念を押しクッキーも置いたよというのも犬にわかるようにして犬のかをを見ると落ち着いていて笑顔で目的地の庭のゲージを見つめている。よしこの子はちゃんとゲージに入ってくれるだろうと思い、ドアを開けるのだが数匹の犬はここぞとばかりに走り出し目的地のゲージを通過し敷地内を駆け巡る。

 

 

彼らも馬鹿じゃない。僕にはうんうん、あそこのゲージに行きますよという顔やそぶりを見せておきながらドアが開いた瞬間にざまーみろばーかと言わんばかりに逃げ回る。そのたびに僕はまた彼rのキュートな顔に騙されたとなる。

 

 

彼らには可愛さという最強の武器があるためそれに毎日のようにやられている。

最近では僕も学んできたので居屋力リッシュをつけるようにしているがリッシュをつけると犬たちの顔はチッ、こいついつも二体にダマされろよと言わんばかりの顔をしている。

 

 

とりあえずここにいる間は犬との心理戦が続きそうだ。

 

 

 

 

父の日

今日は父の日。久しぶりにお父さんにラインをした。そもそもお父さんがラインをしているということが今考えると時代も進化したなあと思ってしまう。高校の時にお父さんにラインについて説明したことがありその時お父さんはへえそんなのがあるなんて便利な世の中になったねえと言っていた。それが今ではそのお父さんもラインを使いこなしているという時の流れの早さに驚いている。

85歳のおじいちゃんですらラインを僕より使いこなしているのにはさらに驚きである。

 

 

 

 

お父さんとはこれまでたくさんの思い出を共に作ってきた。超絶アウトドアなお父さんは僕が小さい時からいろんなところに連れて行ってくれた。山や海、旅行など今思うと素晴らしいお父さんである。

 

小学生のとき夏に海に行ったのだが、沖の方の僕が足の届かないようなところまで僕を連れて行き、よしここからは泳いで戻って来いと笑いながら僕を置いて砂浜の方へ戻ってしまったことある。ろくに泳げなかった僕はこんなことをする意味がわからなすぎるとお父さんを恨んだが結局冗談だよと言って戻ってきた。そんなたまにぶっ飛んだこともするのが僕のお父さんである。

 

 

一緒に住んでいた頃はとくにお父さんについて思うことはあまりなかったが今親元を離れて見て彼へのありがたみが溢れている。

自分もいつか父親になったらああなりたいなあと思えている。

 

 

お父さんが優しすぎたのか僕には反抗期という反抗期がなかった。反抗期といえば親とぶつかり合って喧嘩してしまったり親とあまり口をきかなくなったりすることを言うのだと思うが僕はそんなことがなかった。別にうざいとかも思ったこともなかったし暴言を吐いたこともなかった。なんせ彼は自由気質な人で僕にガミガミと怒ったこともほぼない。

 

悪いことをしてしまった時も怒りはせず自分の頭で考えたらやっていいことと悪いことくらいわかるでしょうといつもさやしく言う感じだった。

そのため父へ対する不満もなくそれが反抗期がなかった理由の一つなのかもしれない。

 

 

僕は彼に性格が似ているため僕のこの自分の人生なんだから自分のやりたいことするし行きたいように生きるっしょというこの感じもお父さんととても似ている。

カナダに行くと決めた時もいーじゃんいーじゃん楽しんでこいよと笑いながら軽い感じで言っていた。

 

 

そんな彼から学んだことはとても多いしこれから学ぶこともたくさんあると思う。

彼への尊敬と感謝の気持ちを忘れずいつか子供の頃の思い出話でもしながらお酒を飲める日を楽しみに頑張るとしよう。

奇妙な人々

 

 

 

 

ホストも無事帰ってきて店番をすることはもうなくなったのだがその分フリーな時間が増えとの強い毎日を送ることができている。

 

 

ここでのお手伝いの内容としては朝と夜犬たちのゲージを掃除してご飯をあげるというのがメインの仕事でありそれ以外の時間は自由時間としてホストに与えられているため日中は自由な時間である。

 

 

ただそれだけが仕事と言っても今現在ここには犬が40匹ほどいるためご飯をあげる等単純作業でも数が数なためなかなか大変であり時間を要する。

 

 

 

昨日はその昼間の時間を使って今住んでいるこの街よりもさらに大きな街に遊びに行ってきた。高速で行くと二十分ほどで行けるのだがバスを使って行ったため1時間30分分ほどかかった。

 

 

 

カナダやアメリカに来てから日本にいた時よりもバスを使う機会が増えたのだが前から思っていたことで今日またバスに乗ってみて気づいたことがある。

 

 

それはなんかおかしい人が日本に比べて多くないか?ということだ。おかしい人という表現が正しいのかはわからないがなんかおかしい、変な人が日本よりも多い気がする。

 

 

具体的にいうとバスの中で奇声をあげたりブツブツみんなに聞こえるくらいの声量で独り言を言っていたりそういう感じのおかしい人をよく目にする。今日も街に向かっているバスの中でそのような人たちを4、5人見かけた。一人の男性は10分に一回くらい言葉なのかただ叫んでいるのかもわからないようなことを大きな声で叫んでいた。周りの人達も最初は驚きなんだこの人というような目で見ていたが叫ぶ頻度があまりにも多いためそのうち誰もその人を見なくなった。無意識に叫んじゃっているのかなとも最初は思ったが五回くらい叫んだところで運転手がうるさいから静かにしろというとその人は叫ばなくなった。

 

 

 

 

他にも街で乗車してきたカラフルなおばあさんがバスに入るなり明らかに独り言ではない声量の声で独り言みたいなのをブツブツ言っていたりしていた。そのような感じの人はこっちに来てからよく見かける。

 

 

そういう少し変わった人なのかとも思ったが運転手や他の乗客が注意するとそういう人たちはちゃんと静かにすることができる。それが逆に僕には不思議だった。

 

 

自己主張が激しいからそんな感じなのかわからないが日本ではあまりそういう人を見かけたことがなかったため僕には不思議でしょうがなかった。バスだけではなく街とかにも以外とそういう人はいる。この人狂っているのかなと思うくらい変なことをしている人だって街を歩いていれば見かける。

 

 

 

たまたま僕が訪れた地域がそういう人たちが多いところだっただけかもしれないがなんでそんなようなことをする人たちがいるのだろうか。

やはり自由の国アメリカというだけあって自己主張が激しい人が多いのだろうか。

 

 

そんなことをバスに乗りながら奇声を聞きながら、考えていた。

 

 

なんとも奇妙だった。

 

 

 

納豆がくれた感動。

 

 

 

 

 

 

日本を離れてからもうすぐ半年が経とうとしている僕だが日が経つごとに日本食への想いは積もっている。

 

 

日本食が食べたい。。。

 

 

これは常に思っていることだ。こちらの食事が合わないとかそういうことではない。普通に日本人として生まれてきて21年。日本食で育ってきて21年。

今まで食べてきたように普通に日本食が食べたいのだ。今まで日本食を食べて育ってきたんだから日本食が食べたいと思うことは普通のことだと思うし、こっちで美味しい料理もたくさん食べたけど日本食が食べたいというのは変わらない。

 

 

こちらの食事と日本の食事を比べて言っているわけではなく、こっちの料理も十分美味しいしこれらを食べて生活していくのは何の苦でもないけど日本人としてたまには日本食も食べたいなあ。こんな感じである。

 

 

こちらにも日本食のレストランはたくさんあるのだが、どうも行く気になれない。カナダに来てから初めて行った日本の寿司屋さんがあまりにも日本のお寿司と違いすぎてそこからどうせカナダで食事するならこっちのものを食べようという感じになってしまった。日本食が食べたいんじゃないのかよと矛盾してしまっているがカナダの日本食が食べたいわけじゃない。日本の本物の日本食が食べたいのだ。

 

 

そして最近僕に幸運が訪れた。今ステイしているこの家には日本人の従業員さんがいるのだがなんとその方が日本食をおすそ分けしてくれたのだ。ある日突然バックにパンパンに入った日本食を僕にくれた。中にはお茶漬けや納豆、日本産のお米に海苔やうどんやそばまで僕にとって最高でしかない日本食たちが詰まっていた。

 

 

僕は感動のあまりその人に多分合計5回くらいはありがとうございますと言っていた。そのくらい僕には最高のギフトであった。

しかもアマゾンで買いまくったと言っていたその商品たちは全部日本からの商品でありこちらで作られているものではないため僕が求めていたリアル日本食というわけだ。

 

 

 

その中でも特に前から僕が食べたくて食べたくて仕方なかったものがある。それは納豆である。

納豆は最強の食べ物だと考えている。この世の中には美味しい食品が数え切れないほどあるが味、値段、健康にいいかなど様々なことを考えた時にそれらのレベルをクリアできる食品たちはいくつあるのだろうか。

美味しいものはたくさんあっても揚げ物だったり甘いものだったり健康面を考えると全てにおいてバランスが良い食べ物はあまりない。

しかし納豆はどうだろうか。美味い不味いは人によって大きく分かれると思うが。特に納豆は。しかし僕は納豆の味は大好きなので味、健康面、値段全て基準値をクリアしている。こんな食べ物はなかなかない。そして僕はカナダに来てから納豆が食べたくてしょうがなかった。

 

 

小学生や中学生の頃、親が仕事から帰ってきて夜ご飯を作るで待ちきれなかった僕は毎日のように納豆ご飯を食べていた。そう納豆で育ったと言っても過言ではないのだ。

そんな僕の人生から急にカナダに来た途端納豆が消えてしまったため食べたくて仕方がなかった。

 

 

半年ぶりくらいだったので贅沢に二パック使って丼のようなお皿にご飯もたくさん装った。

久しぶりに食べる納豆はそれはそれはもう美味しい以外の言葉では表せないくらいおいしかった。それと同時にこの感動を与えてくれたあの日本人の方に感謝の気持ちが溢れていた。そして納豆を食べながら納豆くらいでこんなに幸せを感じられるんなら人生結構いろんなことで幸せ感じられるんじゃねーかと考えていた。

納豆ぐらいで感動するなんて幸せのボルテージがかなり低いと思う。

 

 

納豆くらいで感動するなんてこれからの人生たくさん感動するんだろうなというワクワクも納豆は僕に与えてくれた。

納豆について熱く語ってしまったがまあ久しぶりに日本食を食べることができてとても嬉しかったし自分が日本人であることを再確認できた日でもあった。

ありがとう。あの日本人。ありがとう納豆。お前のように粘り強くこの世の中を生きていくよ。。

 

 

 

若気の至り

 

 

 

  

成人を迎えてから歳を取るスピードが圧倒的に早まっている気がする。十代の頃よりも。

 

 

十代の頃は大人の人たちに20すぎてから歳を取るのがあっという間だよとか30過ぎるともっと早く感じるよとか言われてもそんなの何歳でも変わらないでしょとか思ったりしていたが今になって彼らの行っていたことは正しいと思える。

 

 

たまにふと自分の歳を考えたりするとあれ?いつの間にこんなに歳をとった?とかなんか月日が経つの早くない?とか最近では思う。

 

 

歳だけではなく生活について考えてみても数年前普通にやっていたようなことが今では昔はあんなに元気だったなあとか思っちゃう時だってある。

 

 

そんな感じで今日思い出していたのは19歳だったあの頃。友達がバイクの免許を取った時のこと。

 

 

十代の頃なんてオールとか夜更かしなんてガンガンしていたし寝てるよりも遊んでいる方が全然楽しいと思っていた。今でもオールをできないこともないが次の日の疲労は十代の頃とは全く違うと言ってもいいくらいオールをした次の日は体調が悪くなる。

 

 

寝る時間を削ってでも友達と遊ぶことに夢中だった頃の僕はよく友達と夜中に集まったりしていた。そんな僕らがはまっていたのが学校、バイトなどを終えたあと深夜0時頃に集合しストリートバスケのコートに行き深夜にバスケをするということ。

 

 

今じゃそんな気力ほぼないと言っても過言ではないくらいだが当時はよくみんなで夜中にバスケをしていた。

 

 

そんなある日いつものようにみんなで集まりいつものようにバスケをしていた。大田区にある深夜でもライトが付いていてバスケができるコートに集まりみんなでバスケを楽しんでいた。3〜4時間ほどバスケをしてそろそろ解散しようかという話になりそのコートでそれぞれ解散した。

 

 

たまたま僕と家の方角が同じだった仲のいい友達がいたのだがkれは最近バイクの免許を取ったということでバイクでコートまで着ていたため帰りにその子が送ってくれることになった。免許取り立てということもあり少し不安はあったがバスケして汗をかいた後のバイクはとても気持ちよかった。

 

 

そして家に二人で向かっている途中とても大きい交差点に突入した。一応不安だったため僕も前を見て後ろに乗っていた。その大きい交差点で信号が赤になったため信号待ちをすることになったのだがあの交差点は普通の交差点とは少し違い特殊な交差点だった。具体的にいうと停止線が普通の交差点よりだいぶ手前にあったのだ。信号機と停止線との距離が普通の交差点よりもだいぶ距離があった。

 

僕にはその停止線が見えていたのだがどうやら運転手の彼にはそれが見えていなかったらしく普通に信号は赤なのに停止線を通り越してしまっていた。しかもそれなりに速いスピードで。僕はとっさに、おい!停止線越えてるぞ!とそいつに叫んだ。すると彼はやばいとお思ったのか急ブレーキをした。

 

 

あまりにもスピードが出ていたためかバイクはステント綺麗に横転し僕らは道路に投げ出された。あまりにも一瞬のことすぎてあまり記憶にないのだが今でも傷が残っているくらい強く道路に投げ出されてしまった。半袖半ズボンだった僕らはひじやひざをすりむいてしまい血だらけになってしまっていた。

 

 

道路に投げ出された後何が起きているのか理解できていなかった僕はとりあえず起き上がった。それと同時に僕が持っていたペットボトルがコロコロと僕の横を転がっていった。すると次の瞬間僕から1メートルくらいしか離れていない隣の車線に大きな虎クックが通り一瞬でそこにあったペットボトルを踏みつぶし中に入っていた液体が僕に飛び散った。

 

 

トラックが走り去った後ようやく我に返りあのペットボトルがもし自分だったらと想像し震えが止まらなくなった。とりあえず速攻でバイクを起こしその友達と道路のはじのほうに移動した。その友達はというと僕と同じで所々すりむいて血を流していて未だによく状況が読めていないような感じだった。

 

 

すぐに近くのコンビニに行き血を洗い流しに行った。その時にトイレで自分の顔を見たのだが今まで見たことのないくらい顔が青ざめていた。あまりにも気持ち悪いくらい青ざめてしまっていたためほっぺを摘んだりして生きてるよな?とか確認してしまったほど。

 

 

 

二人とも軽い怪我はしてしまったものの生きているということを確認しよかったとはならなかったが不幸中の幸いだと思った。

 

 

今思い出すと若気の至りというかノリだけで行動してそんなことになったんだなあと改めて思う。そもそも夜中にバスケしてそのあとバイクの運転なんて眠さと疲労がハンパなかったと思うしノリでバスケしよーぜという話にならなければそもそもこの事故は起こっていなかっただろう。あの頃は特に深夜遊んでいたため神様からの忠告だったのかもしれない。死ななくて本当に良かったとひたすら思った。

 

 

今はみんなそれぞれ仕事だったり色々で夜中に集まってバスケしたりしようなんてことはないと思うが若さゆえの出来事だったと思っている。

 

ノリと勢いで命を落とすことだってあるだろうし若者には気をつけていただきたい。

そんなようなことを今日十代の頃を思い出して考えていた。

 

 

とりあえずバスケは夜中にするものではない。これは確実にあの日学んだ。

 

 

 

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初の店番

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アメリカに来てからもうすぐ一週間経つだろうか。

ここに来てから二日でホストがカナダに行ってしまったため火曜日まで一人でここに滞在している。

 

 

ホストは街に雑貨屋を持っているのだがこの五日ほどここにいないためその間なぜか僕がそのお店の店番をすることになった。

初めてその雑貨屋に行った時にそのお店の大まかな説明を受けた。置いている商品のジャンルや値段やレジ打ちなど。

 

ホストがそういう性格なのかゆる〜いお店なのかはわからないが商品によっては値札が付いていないのがチラホラある。こういうのはいくらなのかと尋ねると似たようなやつ探してそれと同じくらいの値段でいよと言われた。ホストの性格がゆる〜いのかもしれない。

 

 

大体の説明を終えこんな感じで大丈夫っしょと言われたが僕には一つだけどうしても不安なことがあった。それはレジ打ちである。まだアメリカに来たばかりで何円おコインがあって何円のお札があるとかそういうお金についてもあまりまだ理解できていないのにレジなんて僕にできるのだろうかという心配があった。クレジット払いだって今まで払ってきた経験はあるが払わせる側の経験は全くない。他にも接客で使うような英語も全然知らないのに本当に大丈夫だろうかという心配がとてもあったがホストは大丈夫、大丈夫と何も根拠のないことを言っていた。だんだんわかってきたがこのホストの大丈夫は僕にとって大丈夫ではないことが多い。とても心配だった。

 

 

そうして初の店番を任されたわけだが初日、とっても緊張していた。できるならお客さん誰も来ないでくれとまで願ってしまっている自分がいた。

しかしこの店は街の中にあるということもありお客さんは結構きた。

 

 

入り口のドアのチャリンという音がなるたびに僕の心臓はばくばくしていた。

ちゃんと接客できるか心配過ぎたためお客さんがレジに来るたびにまだ僕アメリカに来てから数日しか経っていないのに店番手伝ってるんですよ〜と先にいつミスしてもいいように保険をかけていた。

 

 

それを伝えたおかげでお客さんも理解してくれ僕のレジ打ちのスピードが異常なくらい遅かったりしても怒らずに待ってくれたりした。とても感謝だ。。。

 

 

それでも二日目くらいから徐々に慣れていき雑貨屋ということもありお客さんがいない時は店内を歩き回って僕自身もそのお店の商品を見たりして楽しむことができるくらいになってきた。

お客さんが来ると緊張してしまうのは今でも変わらないがだんだんとこの仕事を楽しめるようになってきていた。

 

 

この街は観光客が多いのか遠くから来たというお客さんが多かった。たまにこの辺に面白い店はないかと聞かれることもあるけれど残念ながら僕もこの街について全くと言っていいほど知らないため申し訳ないが毎回その人たちの力にはなれなかった。

 

 

 

最初はどうしようどうしようとなっていたりもしたが今では貴重な経験だなと思うしお客さんと会話したりするのも僕のいい英語の勉強になっているし残り二日間頑張りたい。

 

 

 

 

 

アメリカの国境へ突入

 

 

 

 

 

 

六月に入ってから一週間ほど経った。この一週間ほどでだいぶ状況は変わった。

先週までカナダにいたのだが今はアメリカに滞在している。アメリカ滞在の理由としてはビザの更新とプチ観光だ。

 

 

アメリカには中学校の時に一度来たことがあるがもう昔過ぎて楽しかったという記憶がぼんやり残っているくらいだ。しかも前は飛行機でアメリカに行ったが今回はカナダからなので陸路で入国するという新しい経験だった。

 

 

アメリカでのステイ先は以前のカナダでのホストの知り合いのお家である。カナダとかアメリカとかはコネクションが大切というか知り合いなどのつながりで仕事やステイ先などが見つかったっという話をよく聞く。僕も前のホストに出会えたおかげで今アメリカに滞在日無料でステイすることができている。

 

 

アメリカに行く当日、前のホストがここの家まで送ってくれたので彼女の車でバオーダーラインに向かった。バンクーバーからボーダラインまでは30分もあれば行くことができる。すぐにボーダーラインについた。

 

国境の間に立っている建物は日本の高速の入り口のような感じだった。ゲートがいくつかありそこの横に小さいボックスのようなものがありそこにスタッフが立っている。

そこでスタッフにパスポートを渡した。カナダ人がアメリカに入国するのは他の国からアメリカに入国するよりも断然楽だそうでホストはパスポートを見せて入国の目的とかを聞かれてすぐにOKと言われていた。

 

 

しかし僕の場合はそう簡単にはいかなかった。僕のパスポートの中身を見るなり駐車場に車を止めて荷物全て持って建物の中に来いと言われた。ここのスタッフは皆強いかををしている。顔が強いというより重要な仕事のためかみんなギラギラと目を光らせ怪しい奴が入国しようとすれば一瞬で捕まえてやるからなと言わんばかりの険しい顔をしている。

 

 

そんな人に中に来いと少し強めに言われたので僕は結構緊張していた。

恐る恐るホストとともに建物の中に入るとさらに険しい顔をしたマッチョメンたちが5〜6人いた。

そのうちの一人と話すとどうやら僕のパスポートには日本出国のスタンプはあるがカナダ入国のスタンプがないということだった。

 

 

お前スタンプなしでどうやって入国したんだよとか強めに言われたけど僕はただ普通に入国したしスタンプがない理由もさっぱりわからなかった。

そう伝えるとじゃあビザ見せてと言われた。

僕はこの数ヶ月観光ビザでカナダに滞在していた。観光ビザというものは特に紙とかそういう証明できるものというか形あるものではないと完全に思い込んでいたし空港で観光ビザの紙を渡されたわけでもなかったので何も証明できるものを持っていなかった。

 

カナダに住む友達にあとで確認するとどうやらその友達は観光ビザの紙を持っているそうでどこで手に入れたの?と聞くとワーホリが終わったと同時に家に届いたと言っていた。

 

 

 

そんな感じでトラブっていたのだが方法が一つあると言われた。

それは今持っているけどまだ発行はしていないワーホリのビザをカナダ側に一度戻り、発行してから入国するという方法だった。

 

 

今からアメリカに入るというのにカナダのワーホリをスタートさせてしまうのは嫌だったがそれしか方法がないというならそれに従うしかなかったのでもう一度カナダ側に戻り、ワーホリのビザを発行した。

 

 

その発行するのにも30分ほどかかってしまいトータルでは結構な時間がかかってしまった。ホストには待たせてしまって申し訳なかったがその後無事入国することができた。

 

そこからアメリカでのステイ先に向かったのだが港町にある綺麗なおうちだった。以前のホストの知り合いということでここも犬のレスキューをしている。具体的にいうと何らかの理由で行き場がなくなってしまった犬や捨てられてしまった犬たちをこの家で保護し、次の飼い主が見つかるまでの間ここで飼っているといった感じだ。

何より驚いたのはその犬たちの数。今は合計47匹いるらしい。以前のところでも20匹前後だったためさすがに47匹には驚いた。

 

 

そうして数週間ほどのステイが開始したわけだがここは何かと大変そうだ。朝と夜犬たちにご飯をあげると言っても数が数なので大掛かりな作業だ。慣れるまで時間がかかりそうだが動物園の飼育員になったような気持ちで少しワクワクしている。

少しでも多くの犬の名前を覚えられるように頭をフル回転させて頑張りたい。

 

 

 

 

 

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